祖母の思い出とこどもファースト/命を守る決断に学ぶ親の覚悟

子育て

25年以上も前に亡くなった祖母ですが

なかなかユニークなひとだったので

いろいろな逸話があります。


特に

母や叔母が話す

若かった頃の話は面白く

当時の祖母と

子育てやいろいろについて

話したかったなーと思うような

エピソードがたくさん。

なかでも印象的な話をひとつ…

今からみると大昔、第二次世界大戦のとき

祖父は戦地にいっていて

当時は小学二年生の母の姉と

5歳くらいの母の

二人の娘を祖母は育てていました。

ある夜、空襲が来て

幼い姉妹はふたりで近所の人たちと

山を登って桑畑まで避難しました。

母親たちは

爆弾で燃え始めた家に

バケツリレーで消火をこころみます。

延焼を防ぐための地域の消火活動が

義務付けられていたからです。

母親とはなれて空襲から逃れる姉妹。

母親は、空襲の真っただ中です。

どれほど心細かったでしょう。

桑畑の中にかくれて

息を殺し、身動きもしないで

悪夢のような夜を過ごした姉妹は

遠くから自分たちを呼ぶ母親の声で

目を覚まします。

親子は無事に再開することが出来ました。

すごかったのは、その後です。

祖母は、

我が子をほっといてまで、

火事を消すなんてイヤだ。

消火活動なんてやってられません。

と消火活動の参加を拒否。

以降、消火活動はしないで

姉妹と一緒に行動しました。

気持ちはわかりますが…

空気とかは読まなかったんですね。

もう火なんか消しに行かないって

おばあちゃん

一緒に逃げちゃうのよ。ふふふ。

と、遠い昔を思い出して母が笑います。

それくらい

人になにを言われようが

母親が一緒にいて

自分たちを守ってくれることが

こどもだった母や叔母は

うれしくて安心で

しあわせだったんですよね。


NHKの朝の連ドラ”あんぱん”などでも話題の

国防婦人会。

あんな怖い人たちを相手に

そんな理屈が通ったの?

と信じられない気もします。

でも、おだやかながらも

芯がしっかりしていて

気も強かった祖母を思い出すと

言いそうだなと納得できます。

同調圧力に屈しない姿勢は

本当に尊敬します。

どんなにややこしいママ友づきあいだって

あの国防婦人会よりは

おそろしくないですよね。

一番大事なのはこども。

ずいぶん昔の日本で

堂々とそれを表明した祖母を

私はこころから

誇らしく思います。



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